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シジュウカラの小鳥電車
布引電気鉄道 小諸〜島川原 7.42Km
片道27分。
大正15年(1926)12月1日 開業。
昭和9年(1934)7月10日 営業休止。
昭和11年(1936)10月28日 免許取り消され廃止。
大正4年(1915)佐久鉄道(現JR小海線)が開業し商都小諸は更に活況を呈した。
そして、新たに川西地区(望月・立科)の発展と商圏拡大、布引観音の参詣客を運ぶ目的で建設された布引電気鉄道だったが、不況の影響もあり9年足らずで姿を消した。
建設当初(大正9年)世界的不景気で
資金困難の中、敷設工事は中断を繰り返し、
余りに長引くので「長引電鉄」の悪口も..
車両もエンジン車、電車等に低迷し
社名も 布引鉄道から布引電気鉄道に変更。
小諸〜望月間の布引鉄道敷設に関わる申請を提出して以来
なんと7年の歳月を経て
大正15年12月5日(日)、小諸〜島川原間(7.42km)に
電車は走った。 が、不況の影響は深刻。
42人乗りの電車は日中空いていて
『42人乗り(しじゅう ふたり 乗り=運転手と車掌だけ)』とか
『シジュウカラの小鳥電車』と呼ばれた。
布電って住民にとって何だったんだろう?
地元の発展の為?
それとも発電所建設の為?
↓ 布引電気鉄道株式会社の株券
布引電気鉄道 今昔写真をご覧下さい
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左から 千曲川鉄橋跡に1本現存する橋脚。
増水(台風の)で倒れ川の中にある橋脚。
布引駅ホームの跡
1997年(平成9年)12月7日(日)撮影
名勝 布 岩
布引観音さん(布引駅跡)から暫く北御牧村方面へ走ると左側にある。
無信心な老婆が牛に持っていかれた布を追って善光寺参りをした(牛に引かれて善光寺まいり)
持ち帰った布は風に吹かれて岸壁に舞い白い化石になったという。
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