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小宮山荘助氏

小宮山荘助翁顕彰碑

鶴巻に大きな碑が建っています。

碑の正面には 小宮山荘助翁之碑 と書かれています。


昭和35年に建立された、小宮山荘助氏の功績を顕彰する碑です。



翁は明治2年小諸町に生れ、若くして鉄工業を志し、幾多の辛酸をなめ、逆に天与の才能と不抜の意志を以て克く専売特許小宮山式豆粕粉砕機の完成を致し、農民労力の節約に益する所多大なるものであった。翁は性来豪快で温容亦玉の如く、推されて町会議員或いは区長など公職に盡す、将に半世の長きに及び、分けて其の此慮の畑地を卜して鉄工場を建設、偶々鉱泉を発元して大衆浴場を興し、旺んに鶴巻町繁栄の礎を築かれたその功績は、是に鶴巻開発の元祖として永へに後世に伝うべきものである。茲に先人の徳行をたたへ、有志謀りて此の碑を建てた次第である。
昭和35年11月吉晨
参議院議員 小山邦太郎 謹書






小 諸 鉄 工 所

小諸鉄工所   小諸鉄工所
昭和2年、荘助翁は鶴巻にあった小宮山鉄工所が手狭になったので
南町に新工場を造りました。当時東信随一といわれた小諸鉄工所です。
その設備は当時としては最新鋭の工場でした。








小宮山錬三氏

錬三氏夫妻
小宮山荘助翁のご子息、小宮山錬三氏は翁が設立された小諸鉄工所にてその才能を遺憾なく発揮されました。

当時、このあたりでは造れなかった大型ボイラーを造り、 また、従来木材で造られていた火の見櫓を鉄骨で造り、 大久保や根々井の大きな橋を鉄橋で架けたので小諸鉄工所の声望は一躍有名になりました。

昭和4年3月には星野温泉さん(軽井沢)で最新式フランシスタービン水車を用いた 水力発電所の建設が始まり、職工全員を引き連れ、自らは星野温泉さんに泊まり込んで完成を急ぎ、 6月10日に試運転が大成功のうちに行われました。

写真は錬三氏と豊恵さんの結婚式(昭和6年)










大豆粕粉砕器と自動回轉競繭臺

大豆粕粉砕器    自動回轉競繭臺



大豆粕粉砕器(写真左)

大正時代に満州から肥料用に大量の大豆粕を輸入していたが、それを砕く作業が重労働でした。
荘助翁は機械化できないか研究を重ね、大正15年に「大豆粕粉砕器」を発売しました。
人々を重労働から解放した革命的な発明といわれ、国内はもとより海外にも販路を広げました。


自動回轉競繭臺(じどうかいてんきょうまゆだい)(写真右)

小諸町商業倉庫社員 小山四郎氏が考案した「繭市場用自動回轉式競繭臺」が小諸鐵工所で作られました。
 当時の新聞記事によると「直徑十二尺の圓形の中央部の札讀みの座席をのぞく周圍の部分が自動的に回轉もので鼻突繭の防止、立會能率攝i、勞力經濟等幾多の利益多く繁雜極まりない繭糸市場の一大革命である」とあり、繭取引市場の能率増進に著しく寄与したようです。





小宮山錬三さんについては「努力と信仰の人」 - 小宮山錬三の生涯 - 星野嘉助著 に詳しく記されています。

練三氏の奥様(豊恵さん)が創設された鶴巻の小宮山商店さんのご紹介は こちらをご覧ください。

お孫さんの岩下順子さんはシニアワインアドバイザーとしてご活躍されています。




このページの背景は自動回轉競繭臺の快挙を伝える当時の新聞記事です。

昔を伝える古い貴重な写真は小宮山商店・小宮山照夫様からお借りしました。






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